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HATARAKI

管理職は、なってから始めるものではない。

HATARAKIでは、Galaxiaが運営する「Vamos」でこれまで取材してきた記事を、今の僕があらためて読み返し、そこから感じたことを書いています。

取材した当時には気づかなかったことが、会社を経営し、採用や広報に関わるようになった今だからこそ、違って見えることがあります。

今回読み返したのは、「ザザグループ」の記事です。

当時聞いた話を、今の自分ならどう受け取るのか。そんな視点から考えてみました。

任せるから、できるようになる。

人は、できるようになってから仕事を任されるのか。

それとも、任されるからできるようになるのか。

僕は、後者だと思っています。

もちろん、何も知らない人に突然すべてを渡せばいい、という話ではありません。最低限の経験や知識は必要です。

でも、ある程度のところまで来たら、さらに成長するために必要なのは知識を増やすことだけではない。

「自分がやる」と腹を括る経験なんじゃないか。

ザザグループでは、「店長=経営者」と考え、若いうちから店舗を任せています。

記事に登場する部長も21歳で店長になり、売上だけではなく、人件費や在庫、販促まで考えながら店舗を動かしてきたそうです。

もちろん、最初から完璧だったわけではありません。

まずやってみる。

失敗したら、「じゃあ次どうする?」と考える。

自由は大きい。

その分、責任も大きい。

この記事を今になって読み返して、僕自身が初めて組織を任された頃のことを思い出しました。

「できる人」になってから、リーダーになるわけではない

僕は第一生命時代、入社5年目で「オフィス長」という拠点長を任せてもらいました。

それまで営業経験はかなり積んでいたつもりでした。

でも、いざオフィス長になってみると、目の前には自分より20年、30年も長く営業をしてきた人たちがいる。

経験年数では、どう考えても勝てません。

知らないこともある。

自分より詳しい人もいる。

それでも、そのオフィスを経営するのは自分です。

そこで必要だったのは、全員より多くのことを知っていることではありませんでした。

「この組織の結果は自分が持つ」と決めることでした。

管理職になると、突然すべてができるようになるわけではありません。

役職がついた瞬間に知識が増えるわけでも、判断を間違えなくなるわけでもない。

それでも、判断しなければいけない。

結果を引き受けなければいけない。

だからこそ、自分で考えるようになる。

僕は、管理職に必要なのは、全部を知っていることよりも、まずこの覚悟なんじゃないかと思っています。

責任まで渡して、初めて「任せる」になる

仕事を任せるなら、基本的には結果への責任まで渡した方がいいと思っています。

責任があるから、

「どうすれば達成できるだろう」

と考え始める。

そして、その責任を果たすために、自分なりのやり方で動き始める。

ただし、これは丸投げとは違います。

「売上100万円ね。あとはよろしく」

では、任せたことにはならない。

何を目指すのか。

何を大切にするのか。

どこまで自分で決めていいのか。

絶対に守るべきものは何なのか。

そこを渡す側が整理して初めて、任せたと言えると思います。

僕なら、信用や信頼、法務、会社のルールなど、取り返しのつきにくいものは絶対に守る。

その線の内側なら、失敗してもいい。

むしろ、取り返せる失敗なら若いうちに経験した方がいいと思っています。

任せるというのは、失敗させないことではない。

失敗してもやり直せる範囲をつくったうえで、本人に結果を持ってもらうこと。

その経験が、次の判断につながっていくのだと思います。

「担当大臣」をつくったら、僕に仕事が来なくなった

オフィス長になったばかりの頃、僕はかなり何でも自分でやっていました。

すると当然、何でも僕に質問が来るようになります。

判断も僕。

確認も僕。

何かあれば僕。

どんどん忙しくなっていきました。

あるとき、

「これ以上、自分一人でやるのは無理だな」

と思いました。

そこでつくったのが、勝手に命名した「担当大臣制度」です。

損害保険に詳しい人には、「損害保険担当大臣」。

請求書作成に詳しい人には、「請求書作成担当大臣」。

名前だけ聞くと、ちょっとした内閣改造です。

でも、これが意外なくらい機能しました。

僕ではなく、みんなが担当大臣に質問するようになる。

質問された本人は、頼られるから嬉しい。

もっと答えられるように勉強する。

さらに詳しくなる。

すると、また人が聞きに来る。

気づけば、僕からどんどん仕事が離れていきました。

これは単純に僕の仕事量が減った、というだけではありません。

役割を持った人たちが、自分で考え始めたんです。

主体性は、「主体的に動け」と言っても生まれない

さらに面白かったのは、オフィス全体に活気が出てきたことでした。

主体性が出てくると、

「それなら私がやります」

「これはあの人が詳しいですよ」

「前に似たことをやったことがあります」

と、自然に役割分担や知識共有が始まります。

少し、高校の学祭準備に似ています。

盛り上がってくると、

「お前、そんな特技あったの?」

みたいなことが次々に出てくる。

普段の業務だけでは見えていなかった能力まで出てきます。

だから僕は、活気は組織力に足されるものではなく、掛け算されるものだと思っています。

同じメンバーでも、主体性があるかないかで、組織が進む速度はかなり変わる。

そして主体性は、

「もっと主体的に動いてください」

と言えば生まれるものでもありません。

役割を与える。

責任を持ってもらう。

自分で考えなければいけない状況をつくる。

そうすることで初めて出てくる主体性もある。

僕自身、それをかなり体感しました。

つくりたいのは、「上司に依存しないチーム」

よく、

「上司がいなくても回るチームをつくろう」

と言います。

でも僕は、少し違うと思っています。

目指したいのは、

上司に依存しないチーム。

上司がいなくても回ることは、その結果でしかありません。

そもそも、チームは完成しません。

人も変わる。

仕事も変わる。

会社も大きくなる。

部下が自分で判断できるようになったなら、上司はさらに次の仕事へ進めばいい。

50人、100人の組織を動かそうとしたとき、自分一人ですべてを見ることはできません。

自分の下に、もう一つの組織を任せられる人をつくる必要があります。

昔、先輩から、

「自分の分身をつくれば、1の力を2にも3にも4にもできる。さらに、人を管理できる人まで育てられたら一流だ」

という話をされたことがあります。

今になって、その意味がかなりわかります。

自分ができることを増やすだけでは、組織の力には限界がある。

誰かに任せ、その人がさらに誰かを動かせるようになる。

組織が大きくなるというのは、そういうことでもあるのだと思います。

覚悟は、役職をもらった日に突然生まれない

今は「管理職になりたくない」という話もよく聞きます。

もちろん、全員が管理職を目指す必要はありません。

一方で、管理職は「なりたい」と言えば誰でもなれる仕事でもないと思っています。

人を預かる。

数字を預かる。

組織の空気を預かる。

そして、みんなが、

「もう難しいんじゃないですか」

となったときにも、自分は責任から降りない。

その覚悟は必要です。

ただ、この覚悟は研修で教えられるものではないと思います。

小さな仕事を任せる。

自分で考える。

失敗する。

フィードバックを受ける。

素直に修正する。

そして、もう一度自分で考える。

主体性 → 失敗 → 素直さ → 修正 → また主体性。

この反復の中で、少しずつ育っていくものなんじゃないでしょうか。

管理職になる前から、リーダーとして働く

もし若い人から、

「将来、管理職になりたいです。今から何をしたらいいですか?」

と聞かれたら、僕はこう答えると思います。

今から、常にリーダーシップを意識して仕事をする。

まず、

「自分だったら、この人についていきたい」

と思える理想のリーダー像をつくる。

その人なら、この仕事をどう受けるだろう。

失敗したとき、どうするだろう。

誰かが困っていたら、どう動くだろう。

そして、その理想像と今の自分との差を見る。

差があるなら、今日の仕事から一つ変えてみる。

管理職になる準備は、辞令が出てから始めるものではありません。

役職がなくても、責任を持つことはできる。

誰かを助けることもできる。

自分から動くこともできる。

失敗から逃げずに、もう一度やることもできる。

できるようになってから、任せてもらう。

そう考えると、いつまで経っても「まだ自分には早い」となるのかもしれません。

僕自身、オフィス長になったとき、すべてができたわけではありませんでした。

任されたから考えた。

責任があったから動いた。

うまくいかなかったから、やり方を変えた。

そして、自分一人では無理だったから、人に任せることも覚えた。

振り返ると、できるようになったから任されたことだけではなく、任されたからできるようになったことの方が、ずっと多かったように思います。

人を育てることも、自分がリーダーになることも、たぶん同じです。

「まだ早い」と待つのではなく、小さくても何かを預けてみる。

預けられた側も、その仕事を「自分がやる」と引き受けてみる。

管理職になるための覚悟は、役職の中にあるのではなく、そんな日々の仕事の中から、少しずつ育っていくものなのだと思います。

おわりに

昔の記事を読み返していると、取材した当時よりも、今の方が意味を感じる言葉があります。

それは、記事として残っているからこそ、もう一度立ち止まって考えられるものでもあります。

HATARAKIではこれからも、Vamosに残っている企業や働く人たちの言葉を読み返しながら、今の視点で「働くこと」を考えていきます。

Vamosでも、北九州を中心に、まだ知られていない企業や仕事、そこで働く人たちの話を残していきたいと思っています。

「自社にも、まだ外に伝えられていない仕事や人の話がある」という企業の方は、ぜひVamosの取材についてご相談ください。