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KIZASHI

ChatGPTで「検索する」

最近、何かを調べるときに、検索エンジンではなくChatGPTを開くことが増えた。

知りたいことを聞けば、複数の情報を整理して、一つの答えとして返してくれる。

自分の中ではすでに当たり前になりつつあるけれど、社会の側でも、その扱いが変わり始めているらしい。

今朝、日本経済新聞を読んでいたら、EUがChatGPTを「超大型オンライン検索エンジン」として規制対象に指定したという記事があった。

ChatGPTはもう、単なるAIチャットではなく、情報を得るための「検索」の一つとして扱われ始めている。

その事実が面白かった。

AIは、もう社会当たり前に存在する前提になってきた

最近は教育でもAIをめぐるルールづくりが進んでいる。

ニューヨーク市では、幼児教育から中学2年生相当までは、生徒が生成AIを直接使うことを1年間原則停止する方針が出た。一方、高校では全面禁止ではなく、AIリテラシー教育や教師の監督下での実証も行うという。

ChatGPTが登場してまだ数年しか経っていないのに、検索、教育、著作権、情報の信頼性など、すでに具体的なルールの議論になっている。

SNSと比べても、このスピードはかなり速い。

これはAIが危険だからというだけではなく、

社会がAIを本気で前提にし始めた

ということでもあると思う。

子どもより先に、先生がAIを使えばいい

子どもにAIを自由に使わせていいのかは難しい。

小さい子が、わからないことを全部AIに聞くようになれば、自分で考える機会が減る可能性もある。

でも僕は、それならまず先生がAIを使えばいいと思う。

一人の先生が30人を見る。

理解度も、苦手なところも、興味も違う。

AIを使えば、この子はどこでつまずいているのか、どんな説明なら理解しやすいのか、次にどんな問題を出すべきかを考える補助ができる。

AIに教育を任せるのではなく、

先生一人が持つ教育する力を、AIで大きくする。

そう考えた方が自然だと思う。

そうなると、先生の役割も変わっていく。

知識を教える人から、子どもの状態を見て、問いを与え、挑戦させ、できたことを一緒に喜ぶ人へ。

AIによって再定義されるのは、勉強だけではなく、先生という仕事そのものなのかもしれない。

AIがあるほど、勉強する意味は見えやすくなる

そして僕は、AIがあることで勉強する意味も今まで以上に見えやすくなると思っている。

少し英語を覚えれば、AIと一緒に海外の記事を読める。

少しプログラミングを覚えれば、AIと一緒に何かをつくれる。

歴史や教養を知れば、AIにもっと深い質問ができる。

AIがあるから勉強しなくていいのではない。

少し学んだことが、今までより早く「できた」に変わる。

そこにAI時代の教育の面白さがあると思う。

今回の日経の記事は、ChatGPTが「検索」として社会から扱われ始めたことから、AIをこれから社会の中でどう位置づけていくのかを考えさせられる内容だった。

興味がある方は、ぜひ元の記事も読んでみてください。